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2006年 10月 21日
![]() Globalism for elite..eventually ? グローバリズム問題が、ここ最近の自分の中でのマイブームで、いろいろそれについて調べております。 その関連で最近発売された、ジョゼフ・スティグリッツ教授の新刊 "MAKING GLOBALIZATION WORK"(W.W.NORTON)を紀伊国屋で購入して都心に出た帰りに電車の中で読み始めました。例によって「本は前書きと後書き(結論)を最初に読め」の鉄則に従って、前書きと謝辞、そして最終章を読みました。この本の内容について今日はコメントしたいと思います。 グローバリズムを肯定するのか?という問いがあるとします。しかし、その問い自体が「愚問」です。グローバリズムは、すでに“そこにある”ものです。ですから、否定しようがない。ですから、私は大きくはグローバリゼーション肯定派に属します。 しかし、グローバリゼーションが生み出した、雇用の国外流出の問題、富の偏在化の問題については懸念を持っています。特に近年は一握りの「勝ち組」の登場と中流層の消滅現象が深刻化しており、日本では「格差社会」なんて言われていますが、イギリスでは「ポーランド人の配管工に俺の仕事が奪われた」なんていうジョークで、グローバリゼーションに対する不満を言ったりします。 経済学ではグローバリズムによる先進諸国における中流層の消滅現象は「パレート最適」の現象であると説明されます。経済学の対象分野が一気に国際経済に拡大した現代において、古典派経済学者パレートのいうような形で「労働者の賃金は後進国のチープレーバーのそれに最終的に均衡するように動く」というわけです。大量生産の洋服を製造する労働者の賃金はそれをいまもっとも安い価格で大量生産している中国の労働者の賃金に向かって下方硬直性が働くわけです。中国の労働者の賃金は逆に上がり始めます。その両者がどこかで均衡点を見いだす(といいな)というのが経済学の“想定”です。 このグローバリゼーションによって生まれた賃金の低下によって、単純労働者の賃金は下がるわけで、最貧困層のような人たちは竹中平蔵のいうように生活保障されているので生活レベルは変わりませんが、中流層にとっては何かと自分たちの取り分が少なくなっていくわけです。 ところが、がっちりと単純労働者ではない層、つまりホワイトカラーの上の方の職種の人たちはがっちりともうけている。だから、金融資本にお金が集中する。(金融資本には、むろん、カリフォルニア公務員組合年金のような一般人のお金も集中しますが、大金持ちの間だけで回っているお金が自己完結的に運用されています) ざっとこれが世界的なグローバリゼーションの矛盾です。スティグリッツはこの本の前書きで、「グローバリゼーションは、efficiencyを生むが、inequalityを同時に生むと書いており、これに対応するために政治が動いてequity(均衡)を取り戻さなければならない」との経済学者のご託宣を敷衍しています。結局、彼自身もこの考えの範囲でのマイナーチェンジを行うことで社会を改善していこう、より平等な方向に改善していこうという考えのようです。 この考え自体は間違いではありません。問題なのは、あくまで彼がそれを世界的なレベルで行おうとしているところです。ワシントンコンセンサスを彼自身が否定しているくせに、グローバルな国際機関に対する幻想を彼は残しているのです。 彼は最終章で「重要な部分については、国際社会がcollectivelyに行動しなければならない」と書いている。「相互依存性が増した世界においては、世界共通の問題を解決するためには、コレクティブな集団行動を取らなければならないだろう」と書いている。 ここが彼のソリューションのもっともまずいところではないかと思います。 彼は確かに、「私たちは、ますますグローバル経済の中に生きるようになっているけれども、私たちが生きているのはローカルな(その国々個々の)コミュニティである」わけです。それを彼自身が認めているくせに、問題対処の方法は「グローバルなレジーム」の形成なのです。 彼自身が世界銀行の出身だからかもしれませんが、彼はIMFや世銀を批判しているにしても、それをやはり基盤に置こうとするわけです。これはFTのコラムニストで世銀のエコノミストだったマーティン・ウォルフにもいえることです。彼らは、Institutional Globalistである限りにおいて批判を許された人々であるということです。 私はそれよりもむしろ、各国内でのエクイティを問題にすべきではないかと考えます。 現在、小泉・竹中改革が生み出した格差社会は世界的なグローバル化の影響でもありますが、まず第一には新自由主義的な経済イデオロギーが生み出した、国内における「勝ち組」と「負け組」の固定化の問題ととらえるべきです。 世界的なレジームがどうのと言う前に国内に置ける税制の累進化などを通して貧富の「あるべき水準」を確保していくべきでしょう。国際的なredistributionを言う前に各国のそれぞれの事情にあった国内における再配分の改善を考えていくべきなのでしょう。(むろん、ヘッジファンドの影響でキャピタル・フライトが増えているので、それほど単純な問題ではありませんが) ここで経済の善し悪しのメルクマールをGDP成長率に求めるというやり方だけにこだわっては行けないでしょう。その点ではスティグリッツには同意します。GDP至上主義というのは、竹中平蔵も唱えるところです。確かにそれは発展途上国であれば、あり得る考えでしょう。日本の高度成長のときはそれでよかったかもしれない。しかし、高度成長はもはや望むべくもありません。 その場合、何をメルクマールにすべきか。インフレーション?それも違います。インフレ率などはっきり言ってどうでもいい!インフレターゲットというのはそれ自体が陰謀ではないかと思います。 そうではなく、私は「所得分配率」などの賃金に関係するものを中央銀行や政府が経済指標としてまず第一に優先するべきではないかと思います。このようにして国内における格差社会の問題をローカルな政治家が解決していく。必要に応じて、GDP以外の指標を取り入れていく。 まず国内でエクイティをしっかり確保してから、世界のグローバリズムの問題について語るべきです。(戦争の原因は国内的な不平不満が原因であるから) そうしないとスティグリッツの議論は、結局、HGウェルズの夢想したような「集産主義的社会」(コレクティヴィズム)という国際的な統制社会になってしまう。理想に燃えた経済学者や官僚たちが作り上げたレジームを、結局、国際金融資本が乗っ取るということになりかねない。いわゆる「新世界秩序」です。 スティグリッツが、collectivelyという言葉を使っているだけに非常に気になります。しかも、謝辞で「ロックフェラー兄弟基金」に感謝の言葉を寄せているので、この人はひょっとしたら確信犯なのではないかと思うほどです。 善意から悪が生まれることすらあるのです。 スティグリッツは結局、亜流のニューディーラーかもしれません。「情報の非対称性」ということを言い出したのはこの人ですが、それでもなお理性に対する過信があるのではないかと思います。スティグリッツには期待していたのでかなり残念です。(ケインズ経済学の評価も、戦争経済の部分を無視して、無批判に評価しているのが大問題です) 前書きと最終章を読んだだけなので何ともいえませんが、発展のなさそうな本かな・・・というのが正直なところでした。 それで、そう考えているときに他のブログを見に行ったのですが、rational に対応するものとして、empricalなものという経験主義の立場を提示している人がおられました。理性の傲慢を修正するものが経験であるという発想です。今回のスティグリッツのような「グランド・デザイン」の本はたたき台に過ぎないでしょう。しかし、彼は国という要素を甘く見すぎていると思いました。彼は国際連盟の失敗とかそういうものを経験として取り入れていないのではないかもしれません。 理性の過信というテーマは重要で、理性の過信が結局、ノーベル平和賞を受賞したノーマン・エンジェルの『グレート・ディスイリュージョン』(大いなる幻想)というような「戦争はもう絶対ありえないよ。だって、ここまで相互依存が進んでいるんだもの」という楽観的な著作につながっていくわけです。 論点はだいたい出尽くしたような気がします。あとは人類の智恵と勇気と理性への過信を押さえることの三条件がそろうかどうかと言うところでしょうか。知的エリートの理性主義は何とかしないといけません。スティグリッツの「集産主義」的思想が示しているとおり。 by japanhandlers2005 | 2006-10-21 03:40 | Trackback | Comments(8)
どうもはじめまして。 ロックフェラーブラザーズファンドは、似た名前の財団があるうちで、特にProgressiveな財団でしてNGOなどへの助成をすることで知られたところなので、謝辞が出ているというのは単に研究に助成が出ていたことを意味するのだと思います。 スティグリッツはそんなもんでしょ? 彼の「ミクロ経済学」「マクロ経済学」と同じように見えますけど。 「効率性」は相変わらず「神の見えざる手」から派生してきているわけで、根幹は変わりようがない。 ただ、ご指摘のような議論も納得のいかないものがあります。 スティグリッツを否定するためには、「給料払わないで誰が商品を買うのか?という問題の立て方をした方がいいと思う。 また名目GDPは致命的に重要です。 資本増殖が不可能な環境下では近代経済は成立しないと思います。 これは竹中の単純ミスでしょう。 例えば「格差」の議論ですが、格差を生み出す市場格差の効率性を認めた上で、格差の是非を問うことは、価値観の問題となり、その時点でもう負けています(笑)。 格差によって生産の効率性が低下することを示す必要がある。 その論理は簡単。 金持ちは金をため込む。 広義の貯蓄を行う。 貧乏人は金を使う。 貯蓄が少ない(あるいは貯蓄するほど余分野かねがない)。 格差が拡大するほど、この傾向は高まる。 従って需要がマクロで減退し、名目GDPが縮小し、生産設備が余剰になる。 このように「効率性」の点で正面から議論するべきだと思う。 しかし、スティグリッツも書いていますが、GDPが増えて喜んでいるけど、それは貧乏人の財布に収まるのか?という問題がある。マイナス成長を良しとしているわけではないけど・・・GDP至上主義は問題であると言うだけです。この経済成長が決定的に重要か層ではないかという問題は海外でもそれだけで何冊かの本になっている問題ですな。それは分かります。 ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。 ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。 私はスティグリッツの問題認識を必ずしも否定するつもりはないんです。彼はルーズヴェルトの民主党的な社会主義的政策を進めたい人物なのでしょう。私が田中角栄を擁護するのと同じ理由(しかし、視点は違う)から、スティグリッツの発言に期待したのですが、国際主義的な集産主義の傾向が強い。ここを問題にしているだけなのです。 「別の話をしている」という感じだなあ。
今回の記事は彼の経済学教科書と矛盾は感じ取れないと、そこが要点です。 「GDP至上主義」?については、私の書いたことと関係ないように思います。 安田さんの書かれたこと自体には特に文句無し。 私は角栄の経済政策は正しいというか、あの時点では最善と考えている。 スティグリッツに期待しすぎじゃないの?ってことといいたい。
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